2017-01-08

周りに取り残されたような気分になった新卒時代

Photo by Riho Nakamori

私は今まで自分は普通だと思って生きてきた。

普通の家庭に生まれ、普通に小学校中学校、
高校、大学と周りと同じように進学し、
普通に塾に通ったり、部活をしたり、恋をしたり、バイトをしたりしていた。

 「周りと同じでいい」という浅はかな考え

この「普通」だと思っていた神話が崩れたのは大学3年の就活の時。

大学にもこういう仕事がしたいから入りたい(最初は音楽雑誌の編集者になりたいとおもっていた)
と強く思っていたわけではなく、面白そうな授業があるからと
学部を選んだ。


付属校だったから大学は当たり前にエスカレーター式で考えていた。
いわゆるひかれたレールに沿った進学で、「やりたいことがない」と母に相談した時も、母は「それを探しに大学に行くのよ」と言われ真に受けていた。

そんな私が就活が上手くいく訳もなく、数ばかりを受け、落ちまくり、自信をなくし、いたずらに苦しんでいた。

普通に生きてきたつもりだったのに、自分はなにがいけないんだろう?
どこからも採用されないくらいそんなに私はダメ人間なのか…
どこから普通の道をはずれた…?

そんなことばかり考える日々だった。

周りに取り残されたような気分になった新卒時代


しかし、やみくもに受けていたにも拘らず、なんとか4年の10月終わりに1社内定が出て、
(それも結構な倍率の受かると思えなかった良い会社)一言返事で内定を受けたのである。

自信を取り戻したのもつかの間、本当の試練は入社してからで
いかに自分がゆとりでストレス耐性のない根性無しかを思い知ったのである。
こんなにも生きていくことは大変なのかと、就活の時以上に思った。

そして本当にやりたい事だったわけでもなく、ゼミで少し関係していただけのレベルで入った会社で
私ができることもやりたいこともなく、ただ求められる仕事の成果レベルは高く
モチベーションとの乖離に心身を痛めつける結果となった。

勉強になったことはとても多いし、少しは実績も出せ、
自信も少しはついたけれど、気の抜けるような仕事ではなく
ずっとこのままかと思うと本当に希望なんて見出せなかった。

休日は落ち着いて楽しめるメンタルすら残っていなかった。

私は普通だと思っていた。

嫉妬しているだけでは何も始まらない

電車に乗ったり、街を歩いたりして、自分くらいの年の女の子を見る度に
「この子たちはどうやって生きていってるんだろう。楽しそうでいいな。」
と思っていた。どうしたらこんな風に可愛らしいまま、
楽しく生きていくことができるのだろう。
本当にうらやましかった。

 やりたいことを一つずつやってみると、見えてくるものがある

このままじゃいけないって、行動して変わらなきゃって
いろんな本を読んだり、いろんな人に相談したりして
今やっと自分の人生を選択して生きていけるようになった。


周りに変なやつだとか、飽きっぽいやつだとか、責任感のないやつだとか、ダメなやつだとかそんなこと言われてもしょうがないと思う。だってそうだもん。私はスタンプラリーみたいにやりたいこと一個ずつやってみないと、何が自分に向いているかわからないのだ。その上、好きなこととか興味あることしかやりたくないというわがままな人なんだ。だから人の目よりも自分の内なる欲求に耳を傾けて、それを叶えてあげるようにした。そしたら見えてくるものがいっぱいあった。


他人への嫉妬はエネルギーになるけれど、嫉妬しているだけでは変わらないことも知った。だから少しでもやりたいことがあるなら、試してみた方がいい。周りに合わせて普通だと思って思考停止してしまう方が、取り返しがつかないことになる。だって、今が一番若くて、どんどん年を取ってしまうのだもの。

※この文章は2017年2月に書いた文章を加筆修正したものです。

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